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わたしたちの想いan interview with the representative of Ryukinka

Ryukinka-no-sato is a facility in Asagiri Kumamoto.
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人吉球磨地域においてリュウキンカの郷が存在する意義は何か。人材を育成する、コミュニティを生むとはどういうことか。代表の本田がリュウキンカの郷での活動にこめた思いを語ります。

食と農、自然と命のつながりを見つめて

10代・学生時代だった頃から食や故郷に対しての想いはありましたか。
熊本県球磨郡相良村の専業農家に生まれ、そのような家庭環境で育ったこともあり、野菜等はスーパーで買うものではないと思っていましたね。その土地で生産された旬のものを、手間ひまかけ愛情豊かに料理を作り、食することによって、生命を戴いてまいりました。時代の流れとともに、日本人ほど短期間に食生活が大きく変化した国民は世界でも類がないと言われています。農村も核家族化し、ファストフードが広まり、郷土の家庭料理は伝承されにくくなっております。子供の頃にあった当たり前の光景が、当たり前ではなくなっています。そのような危機感から、地域の女性たちとともに、地域の旬の食材を使った郷土料理を広め、継承していく「郷土料理伝承塾」や食育の活動をスタートしました。
37歳のときに1年間のガンとの闘病生活を経た時、考えが深まったことがあれば教えてください。
夫とともに設計事務所を経営しながら、3人の子供を育てていた時期があります。ある日突然ガンの宣告を受け、入退院を繰り返す1年間がありました。宣告を受けるまで、自分の死と向き合う機会がありませんでした。その時に、もう一度ゼロから「食」や「生き方」について見直してみようと思いましたね。闘病生活を経て、1989年に郷土料理の研究や高齢者にお弁当の宅配ボランティアを行う「ひまわりグループ」を結成。1998年にひまわりグループのメンバーとともに、地域の主婦たちによる地産地消の農村レストラン「ひまわり亭」を立ち上げました。
地域の財産ともいえる「おばあちゃんの知恵・経験・技・感性」を活かさないのはもったいない、地域の素晴らしい食材を活かさないのはもったいない、取り壊し寸前の築120 年の古民家がもったいない。「もったいない」をキーワードとし、古民家を移築したお店を拠点に、地域の素材を出来る限り活用し、 安心安全な食を提供しています。そこからさらに変化の延長として、2017年、球磨郡あさぎり町に「食・農・人総合研究所リュウキンカの郷」を開所しました。
20年前、ひまわり亭をオープンされた当時、困難な時期もありながら、それでも続けていくと決めていたモチベーションの源があれば教えてください。
1990年代前後に女性が田舎で起業するというのは珍しく、『地域の母ちゃんたちが田舎料理を提供し、商いになるのか』と冷ややかに言われていました。『これは何が何でも挑戦して、軌道にのせてみせる』という熱き思いと、「継続は力なり」という言葉を指標に続けておりましたね。女性が起業する場合、資金調達が難しいことが多く、ひまわり亭も当初地方銀行から融資を受けるに際し、すぐには融資を受けることができず苦労しました。まずは自分たちで事業計画を半年かけて作り、最終的には専門家の力も借りて完成。オープン後、最初の5年は困難の連続でした。スタッフであるおばあちゃん達は家庭料理のプロですが、組織としての人間関係に課題がありました。そこで研修への参加や、外部の人からアドバイスしてもらうなどしてチームワークを整えていきました。そういった経験から得たコミュニティづくりの知識やノウハウを、地域で共有する仕組みづくりとして地域おこしセミナーを行っていますね。

食・農・命をテーマに、
新たなコミュニティづくりのための拠点へ

リュウキンカの郷を開所したいきさつについて教えてください。
いままで積み重ねたご縁で、ひまわり亭と同じ家主から譲り受けた1軒の空き家を改修し、食・農・命をテーマに、次世代の農村漁村を担う人材を育成し、また新たなコミュニティづくりのための拠点とすべく立ち上げたのがきっかけです。リュウキンカとは、あさぎり町の町花で、花言葉は「必ず来る幸福」。もったいないをテーマに、古民家に備えてあった家財道具を大切に、息を蘇らせました。リュウキンカの郷を地域のコアとし、地域の拠点や資源を繋ぎあい、新たな農泊のあり方として、「食のエコミュージアム」による地域一体型の取り組みを目指します。具体的には農村民泊として宿泊客を受け入れる他、郷土料理の教室「命の食事プログラム」や地域おこしセミナーの会場などに活用しています。
どういった方々を中心に訪れてもらいたいですか。
「各地域から人が集うゲストハウスをはじめたい」「地域のコミュニティの場となるカフェをやりたい」など目的を持った方や、これからどういう働き方や生き方をしていいかを模索している方々に訪れてほしいですね。とくに女性が学べる場は少ないと感じており、リュウキンカの郷では、女性の精神的・経済的自立を支援する宿泊型の研修施設として若者や起業を目指す方々に訪れてほしいですね。
リュウキンカの郷には、どのようなきっかけで訪れたらいいでしょうか。
命の食事プログラムや宿泊体験など、どんなきっかけでも構いませんので気軽に訪れてもらいたいですね。将来何をしたらいいかわからない人がこの場に訪れると、自分のやりたい方向性が見え、前向きな気持ちになる。そのような場所であり続けたいです。何が目的で訪れようと、難しくあれこれ考えるのではなく、「気持ちをリフレッシュしたい」「自分としっかり向き合いたい」など気軽にこの場に訪れてもらい。ここで何かを感じてもらえれば嬉しいですね。

地域と、その地域にある資源を繋ぐ
コーディネーターの重要性

リュウキンカの郷は人材育成が大きなテーマだと思うのですが、どのような人に育ってほしいと思いますか。
人それぞれ価値観が異なりますので、どのような人に育ってほしいという具体的な人材像はないですね。自分が心豊かに生きていくために何をやりたいのか。そして実行実現してビジネス化できるようにはどうしたらいいのか。リュウキンカの郷はそのようなことを学び合っていく環境でもあります。基本的に夢を語っていても、起業をするなど、具体的な行動に移さないと生産性につながりません。この場所を訪れて、何か生きていく道標になってもらいたいです。
なぜ人材育成をしていこうと思ったのですか。
地域には歴史や文化、自然や産業、知的文化などの地域資源があります。しかしそれらをしっかり理解し、専門性をもつコーディネーターが少ないのが現状です。地域とその地域にある資源を繋ぐ人材がいないので、国が農泊推進などグリーンツーリズムなどを進めていても、専従のコーディネーターがいない限り地域の魅力は伝わりづらい状況にあります。コーディネーターは地域にいて、人と人をつなぐものであると考えています。コーディネーターを養成していくことは、今後の地域づくりにおいて欠かせないことだと、長年の地域コミュニティづくりの現場に携わって感じることです。

一緒に学びあう、成長しあう関係の集いの場

リュウキンカの郷は、セミナー研修をカスタムオーダーで行っていますが、どのような依頼が多いでしょうか。
元々20年積み重ねたひまわり亭の活動があります。ひまわり亭では、女性起業家や町づくりに関わる方などに向けて、セミナー研修をしていました。リュウキンカの郷は「新たに」というより、ひまわり亭で培ったコミュニティビジネスの進化した形になります。地域ビジネスにおいて、「常に結果をだす」「常に進化し続ける」「常に学び続ける」この3つの柱が大事です。結果をださないと町づくりは自己満足で終わります。結果を出した後は、時代に対応するために常に進化し続けないといけません。さらに時代の変化で学びなおす学習する能力もないといけない。これは、地域ビジネスをする上での人材育成にも当てはまります。リュウキンカの郷は、お互いに交流しながら学びなおす場です。それも会議室や従来の行政が行う学びや研修ではなく、暮らしの空間でともに作りながら学ぶ。食べながら学ぶ。交流しながら学ぶ。一緒に成長しあいながら、働き方や生き方を学ぶ場です。
今後、どのような未来を思い描いていますか。
私がどうしたいというよりは、訪れる人によってこの場所は変化していくと思いますね。ここに人が集って、この場を起点に生き方や食に対して新たなスタートをきれる場になれれば嬉しいです。みんなでこの場所を作りあげていく。私がこうしたいと押しつけるのではなく、訪れた人達がこの場所を形作って、新たなコミュニティをつくっていく。一緒に学びあう、成長しあう関係の場をリュウキンカの郷では目指しています。

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本田 節リュウキンカの郷 代表

相良村の専業農家生まれ。37歳の時にガンの闘病生活を経験。1989年「ひまわりグループ」を結成し、ボランティアやまちづくり活動を開始。そこで出会った仲間たちと、1998年に「もったいない」をキーワードに、食を地域資源とした拠点「郷土の家庭料理ひまわり亭」をオープン。平成29年、球磨郡あさぎり町にて、「食・農・人総合研究所リュウキンカの郷」を開所。食を軸に、次世代の農業農村を担う人材育成に奮闘中。

熊本県球磨郡あさぎり町から「食」の魅力を発信する交流施設